読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

お笑いと営業 慣れと工夫

当社では1分間スピーチという取り組みを行なっています。これは朝礼で定期的に順番がまわってきて、当番になればそのとき思っていることをスピーチするという単純なもの。その当番が昨日だったのですが、僕がすっかりそのことを忘れてしまっていて、なんとかアドリブでその場を乗り切りました。その適当にしたスピーチが意外にも良い感じにまとまったので、備忘録としてブログに残しておこうと思います。

 

放送室 1

放送室 1

 

松本人志の放送室というラジオ番組はご存知でしょうか。これは知る人ぞ知る名番組で、松本人志と幼馴染で放送作家の高須光聖による2人のトークで番組が構成されています。僕はこれを昔の同僚から教えてもらい、CDを借りて聞いていたのですが、そのなかで今でも印象に残っている話があります。それは鯛めし屋の話でした。この話のなかで、(ネットに一部の書き起こしがあったのでよければ)

 

大将「食べている時ではなくて、食べ終わって数日してから”あれ美味しかったなあ”と思い出してもらえるようなご飯を出したいんですよ。」

 

松本「めっちゃわかるわあ。俺もそういう笑いをやりたいねん。」

 

というような件があります。(やや記憶が曖昧です)これを当時は「それはDVDも売れるはずだ」と頷きながら聞いていたのですが、今となってようやくその話の意味が理解できたような気がします。

 

僕にとって、お笑いの舞台というのはとても華やかなものです。スポットライトを一身に浴びて、その瞬間は学歴も年齢も関係なく、そいつが面白いかどうかの勝負。力のある芸人がそこにいるだけで場の空気が変わることもあります。…ただ、それはもしかすると一面的なもので事実とは異なるのかもしれません。

 

どういうことか。

 

例えば、営業の現場はこのように言われることがあります。会社を代表してお客様に対面し、初めは身も知らないので邪険に扱われることもあるが、プレゼンによって信頼を勝ち取り、最後には感謝をされる。そのままリピーターになって頂くこともしばしば。…これが営業の華やかな見え方です。確かにこのような例も存在しますが、多くの営業マンはそうではありません。どのお客様の前でも決まったマニュアルトークをし、同じタイミングで泣き笑い、慣れてくると契約を頂いた後でも特別に喜ぶことはありません。契約に向かってただ淡々と業務を遂行する。これもまた営業です。

 

僕がお笑いと営業に共通点を持ったのはこの部分なのです。僕はある芸人の舞台を見たことがあります。そこで見たネタというのは、当たり前なのですが”ネタ”ですので、おそらく違う舞台でも披露する機会があるでしょう。つまり、そこで巻き起こっている歓声や笑いは、違う舞台でも同じようなタイミングで発生している可能性が非常に高いのです。そう、まるでどのお客様にも同じマニュアルトークをする営業現場のように。

 

当然ながら、現場が作業化している営業マンが優秀な成績を残すことは殆んどありません。営業マン自身が仕事にやりがいを感じていることもまずないでしょう。これは業界を問わず、社会人なら誰しもに立ちはだかる”慣れ”という壁です。初めは新鮮であったことも、いつしかそれが当たり前になり感動しなくなってしまう。初めはお客様の為に一生懸命に話していた商品説明が、いつしかマニュアルトークになってしまう。対人の仕事であれば、それが成績不振に直結し、どうも仕事が面白くなくなります。

 

そんな営業マンに必要なのは、”売れるロジック”を理解し、創意工夫をすることです。慣れきったマニュアルトークを捨て、新しい形で仕事に挑む。そうすればかつて感じたことのない手ごたえを感じることが出来るでしょう。それは個人の体感としても、相手の反応にしても、仕事の成果にしてもです。決して変わることのない人間の購買意欲を追求し、そのなかで出来る限りの創意工夫をこらす。これが”慣れ”の壁を突破する方法であり、一つ上の段階に進む第一歩です。

 

僕はこのようなことを営業という仕事を通じて経験することができました。また、おそらくこれはお笑いの世界でも同じなのだと思います。笑いのロジックを追及し、自身の”笑い”で勝負をする。一つのネタに固執する芸人で生き残った人を僕は知りません。やりたい笑いを表現するために創意工夫を惜しまない…やはり長く活躍しているのはそんな人ばかりです。

 

だからこそ、僕は松本人志の言う「数日してから”あれ面白かったなあ”と言わせる笑い」に感銘を受けました。そんなことをやろうとしていたのかと。そして、その為に創意工夫を徹底する松本人志にプロフェッショナルを感じました。


…僕も同じ社会で働く1人として、そうありたいものです。