”壁の穴”から21世紀の教育を考える

 私は現在「地方に住む年配者と世界の日本語学習者を繋ぐ」をコンセプトにした、Wasabiという語学学習サービスを運営しています。が、実はこのアイディア、私のオリジナルではありません。海外で既に実例があるものを、日本語教育という分野で真似させてもらっています。"Hole in the Wall(壁の穴)"というプロジェクトが、僕がWasabiを始めた大きなきっかけでした。この記事では、"Hole in the Wall"と、その後進である"School in the Cloud (クラウド上の学校)”プロジェクトを通じて、21世紀の教育について考えてみたいと思います。

 

 自己学習環境、SOLE (Self-Organised Learning Environment)

 壁の穴プロジェクトについて、詳しくは上の動画を見てください。このプレゼンは2013年のTED賞を受賞しています。動画は20分ほどあるので、見る時間がない人のために、WIREDが書いた記事の一部を下に引用します。

わたしがいまから13年前にインドで手がけた実験「Hole in the Wall」は、インドのスラムの街角にコンピューターを置いて、子どもたちに自由に使わせるというものでした。そこでわたしは、「子どもは人に教わることなく学ぶことができるか」という問いを検証しようとしたのです。結果はこうです。「何人かのグループになればそれができる」。次に出てきた問いは、コンピューターの使い方を学んだ子どもたちは何をするか、ということです。大方の予想は「ゲームなどで遊ぶだろう」というものでした。しかし、しばらくすると子どもたちはゲームに飽きて違ったことを始めます。そしてGoogleに行き当たるのです。そこで彼らは宿題の答えをGoogleで探し始めます。そこで次の問いが出てきます。「子どもたちは果たしてGoogleを通して何かを学んでいるのか」。研究の結果わかったのは、彼らは確かに学んでいるということなのです。

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 上は実際のその写真。しかもこれ、パソコンの設定言語は英語です。インドは第二公用語が英語とはいえ、スラムの子供たちは英語がわかりません。その状況下で、自分たちで学習を進めていくのです。驚きですよね?このプロジェクトは、環境さえ整えれば、社会的階層や国籍を問わず、誰でも学習を進められることを示唆していると思います。また、主体的に学習を進めることができるので、上手く活用すれば、それぞれが自分の個性や興味に合わせた内容を学ぶことができるようになるはずです。日本で教育といえば、学校に行って、椅子に座って、黒板を写す。わからないところは塾で復習する。そんなイメージが強いのでないかと思います。皆さん、そんな勉強が好きでしたか?そんな勉強を我々は21世紀も続けていくのでしょうか?

学校不必要論

 パソコンで勉強できるのなら、学校なんかもう行かなくていいじゃん!…こういう議論もありますが、この壁の穴プロジェクトの発起人であるスガタ・ミトラ氏は、イギリスとインドにそれぞれ学校を作りました。それがSchool in the Cloud (クラウド上の学校)です。ここでは、先生が生徒に何かを教えることをしません。代わりに、先生は生徒に想像力や興味心をかきたてる質問をします。生徒がその答えを先生に教えます。その質問は先生すら答えがわからない、もしくは決まった答えがないようなものです。例えば、How do we remember and why do we forget?(我々はどのように記憶し、なぜ忘れるのか?)のようなもの。あなたは答えられますか? 生徒は、同級生と協力し、インターネットで調べ、なんとか答えを考えます。下は実際のクラスの様子。日本語字幕はありませんが、雰囲気はわかると思います。

 

Self Organized Learning Environments from Open Lab on Vimeo.

 

 ああ、なんて面白そうなんだ…。予備知識の学習をどうしているのか気になるところですが、他の動画を見るに、インターネット上のコンテンツを活用し、自主的な勉強を促しているのでしょうか。それで効果が出るのか?という疑問も浮かびますが、スガタ氏はTEDのプレゼンでこう話しています。

周囲からこの方法はどこまで応用可能か聞かれるようになりました。そこで私は、ある非常識な提案をすることで、自ら持論を否定しようと考えました。バカバカしい仮説を立てたんです。それは「インド南部の村に住む タミル語話者の子どもたちは、コンピュータを置いておくだけでDNA複製の生命工学を英語で学ぶだろうか?」

結果は0点と予想していました。数ヶ月間コンピュータを置いておこうとも、どうせまた0点だろうから研究室へ戻り「やはり教員が必要だ」と、述べるつもりでした。インド南部のカリクパムという村にコンピュータを設置しました。DNA複製に関する様々な情報をダウンロードしておきました。私もほとんど理解できない内容でした。

 

子どもたちが駆け寄ってきて、

「何これ?」
「大事な面白い内容だよ。でも全部英語なんだ。」
「英語の難しい言葉や図や化学をどうやったら理解できるの?」
「見当も付かないよ。じゃ、もう行くね。笑」

 

数ヶ月そのままにしてテストをしたところ0点でした。その2ヶ月後も 子どもたちは 「何にもわからない」と言いました。その2ヶ月後も子どもたちは「何にもわからない」と言いました。

 

「まあ無理だろうね。」
「でも、何もわからないと思うまで 何日ぐらい頑張ったの?」
「あきらめてないよ。毎日見てる。」
「2ヶ月かけて何もわからないのに、何故まだ見てるの?」
「DNA分子の不適切な複製で疾患が起きること以外は何もわからないの。」
「(笑)」

 

そこでテストをしてみました。教育的に考えられない結果でした。0点から30点へ向上。猛暑の熱帯地域で木の下にコンピュータを2ヶ月置いただけ。 知らない言語で、10年先に習うような内容を学習してしまう、とんでもないことです。しかし、ビクトリア時代の基準では30点では落第です。合格まで上げるには あと20点必要です。

教師がいなかったので、代わりに子どもたちの遊び相手の22歳の女性会計士に頼みました。手伝ってやってほしいと言うと、彼女は「お断り」と答えました。「理科は習ったことがないし、子どもたちがあの木の下で1日中 何をやってるのかわからないから。」私はこう言いました。「お婆ちゃんになればいい」「どういうこと?」「後ろに立って、子どもたちが何をやっても 『うわーすごい!どうやったの? 次は?』 『私が皆ぐらいの頃はそんなのできなかったわ!』 と、お婆ちゃんが言うようにね。」

 

それを2ヶ月続けてもらったところ、成績は50点に跳ね上がりました。カリクパムの子どもたちは、ニューデリーの生命工学の先生がいる裕福な私立学校の生徒に並びました。

 

 どうでしょうか?スガタ氏はこれをThe Method of the Grandmotherと呼んでいました。(笑) 自己学習環境と、生徒の意欲をかきたてる仕組みがあれば、きちんと学習効果は出るのです。今の日本の教育は、教科書に書いてあることを生徒に教える、というのが主流です。皆が同じスピードで、同じ知識を習得することが求められます。小学校では、まだ習っていない漢字を勝手に使うと注意を受けることもあるそうです。

 学校が不必要であるとは僕も思いません。しかし、既存の窮屈なものがこれからの時代に合っているとも思いません。21世紀はとても複雑な時代です。急激な技術革新によって、社会は猛烈に変化していきます。子供たちの多くは、大人になったとき、今はまだ存在しない仕事に就くと言われています。そんな時代だからこそ、自主的に学ぶ力、他者と協力する力、答えのない問いに答える力、ITを活用する力、そんな力が身につけられる教育にシフトチェンジすべきでないのかと僕は思います。

Skype Granny

 スガタ氏の取り組みは上記だけではありません。教育は住む場所によってクオリティの差が出ます。発展途上国になればなるほど、公的教育が充実していることは少なくなります。また、田舎に行けばいくほど、優秀な先生は減ります。そうした問題に取り組んでいるのが、このSkype Grannyです。Grannyは「おばあちゃん」という意味です。これも日本語字幕はありませんが、動画を見てもらうとイメージが沸くと思います。

 

Being a Skype Granny on School in the Cloud from Open Lab on Vimeo.

 

 このイギリスの女性は、スカイプを通じて、インドの子供達と話しています。ただ、具体的に何かを教えているわけではありません。子供達の好奇心を刺激し、勉強そのものへの姿勢を育てようとしています。歌を歌ったり、絵を書いたり、何かを作ったり、時には子供達が提案してきたことを一緒にやります。その過程で、子供達は文字を読んだり、英語を勉強したり、社交性や、問題解決能力、勉強への習慣を身につけていきます。

 スガタ氏のメソッドの中で、もっとも大切なのは、自己学習環境と意欲をかきたてる仕組みです。学校が先進国にあっても、発展途上国にあったとしても、インターネットを通じて、十分な学習環境を作っていく。僕はそんなSchool in the Cloud (クラウド上の学校)がとても素晴らしいと思います。

21世紀の語学学習

 最後に、自分がいま取り組んでいることを少し書きたいと思います。ポイントはやはり「自己学習環境」と「意欲をかきたてる仕組み」です。実は、これまで書いてきたことは、語学学習と非常に親和性が高いんです。語学習得に必要な知識、例えば、文字の書き方や発音、文法などはインターネットを通じての独学でも十分に身につけることができます。そこで、まず私たちはインターネット上での学習環境を整えていこうと考え、 Complete Roadmap for How to Speak Japanese というものを作りました。これを読めば、日本語が話せるようになるまでの手順と、取り組むべき教材がすべてわかるようになっています。また、Wasabi’s Online Japanese Grammar Reference という新たなプロジェクトもスタートさせました。これは必要な文法の解説をすべてインターネット上に公開し、誰もがいつでも文法でわからないところを調べられるようにするというものです。これが完成すれば、日本語学習の為の自己学習環境は整ったと言えると思います。

 その一方で、独学はモチベーションを維持するのが難しいと言われています。また、語学学習には、ネイティブスピーカーと会話の練習をすることが必要不可欠です。そこで私たちが取り組んでいるのが「地方に住む年配者と世界の日本語学習者を繋ぐ」Wasabiなんです。今の日本語学習は費用がかかりすぎます。それに語学学校(オンライン・オフラインともに)に行くと、文法書を使ったインプット型のレッスンが主流です。しかし、そうした詰め込み型学習をしなくても、インドの子供達のように、自分達で自由に勉強していけばいいんです。日本語を勉強する動機は人それぞれだし、勉強できる環境がインターネット上にあるんですから。むしろ、学習者に必要なのは、Skype Grannyのような学習に辛抱強く付き合ってくれ、学習を鼓舞してくれる存在ではないでしょうか?

 スガタ氏は「クラウド上に学校を作りたい」と言いました。この取り組みが上手くいくか、まだ誰にもわかりません。アイディアに共感した世界中の教育者が、それぞれのやり方で挑戦をしている真っ最中です。僕もその一人になりたいと思い、Wasabiを始めました。インターネット上に自主学習環境を作る、そしてITを活用して意欲をかきたてる仕組みを提供する。…もうすぐサービスを始めて一年が経ちます。ずっと開発に集中していた成果もあり、自分がやりたかったことが徐々に形になってきました。後はそれがどう転んでいくのか。はたして市場に評価されるのか。さあ、賽は投げられた。

 

追伸:

Wasabiでは一緒に働いてくれる仲間を探しています。興味がある人はtokiwatakuya at gmail.com までご連絡ください。詳しいお話しができればと思います。