飛鳥時代の史跡

題名の通り、飛鳥時代の史跡に行ってきました。

最近はとても真面目に歴史学習へ取り組んでいまして、一ヶ月間ほど学説や文献を読み、ある程度の知識を得てからフィールドワークを行なっています。 このエントリーでは写真を中心にフィールドワークの様子を紹介していきます。

 

 

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ここは飛鳥寺、596年に蘇我馬子によって建てられた日本最古のお寺です。良い意味で観光地化されておらず、お寺として今も生きています。参拝すれば住職からお話を聞くことも出来ます。

 

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飛鳥大仏、 1300年の間この場所で安置されてきました。これまでは鎌倉時代に火事で壊れて当初のままなのは顔の一部と右手だけとされていましたが、大橋一章教授ら早稲田大学の研究チームが大部分は飛鳥時代の造立時のものであるという研究結果を出しています。 朝日新聞デジタル: http://t.asahi.com/8663

 

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日本最古の仏舎利。目の前で見ることが出来ます。

 

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飛鳥大仏の隣にある聖徳太子像。

 

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飛鳥寺から少し離れたところに蘇我入鹿の首塚があります。また、ここで大化の改新を起こした中大兄皇子中臣鎌足が初めて出会ったといわれています。

 

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蘇我入鹿の首塚の周辺は現在も発掘作業が行なわれています。新しい発見があるかもしれません。

 

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ここは石舞台古墳、蘇我馬子の墓であると考えられています。

 

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墳丘の盛土が全く残っておらず、巨大な石室のみ露呈されているという状態。なんと石室の中に入ることが出来ます。

 

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これは本当に貴重な体験でした。この日は雨が降っていましたが、中に入ると傘をささなくても濡れることはありませんでした。天井石は約77トンとかなりの重量で、当時の優れた土木・運搬技術の高さを感じることが出来ます。

 

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ここは平城京跡、写真は朱雀門の”復元”です。当時は遷都するときに、全て取り壊してから遷都先で建て直すため土台の石すら残っていなかったそうです。

 

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奥に見えるのが大極殿ですが、こちらも同じく復元です。朱雀門から1km弱ぐらいでしょうか。当時の都の広さを自分の足で感じることが出来ます。…実はその間に線路が通っています。跡地に何も残っていないときに、近鉄が先に土地を買収してしたそうで、今となっては近鉄側と国側の両者が困っているそうです。

 

 

 

他にも飛鳥資料館と平城京跡資料館へ行ったのですが、こちらは写真撮影がNGでした。(むしろ、それが当たり前で、快く撮影の許可をして下さった飛鳥寺の住職には大変感謝しています。)

資料館には中国・朝鮮半島の発掘品が展示されていましたが、どれも日本のものと大変似ていて、文化の伝達を感じられる素晴らしいものでした。こうした史跡を見学するときは、資料館にも行くとより理解が深まりますね。ちなみに、飛鳥資料館では12月2日まで秋季特別展が開催されていますよ。お薦めです→飛鳥資料館 

 

 

私の飛鳥時代の学習の総括は別エントリーでしてあります。宜しければそちらにもお付き合いください。