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時間が道を開く

「もし男の子が、きれいな女の子と一時間並んで座っていたとすれば、その一時間は一分のように思えるでしょう。しかし、もし彼が熱いストーブのそばに一分間座っていたら、その一分間は一時間のように感じるでしょう。」

 

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※嵐山の竹林。京都で時間の流れをゆっくり感じる場所の一つだ。

 

これはアインシュタインが相対性について説明したときの言葉です。残念ながら私は彼の理論を理解できるような頭脳は持ち合わせていないのですが、最近になって ”時間への意識” 次第で自分の道の行く末が決まる!と考えるようになりました。

 

ところで、人間の意識は非常に面白いものです。

体温計で熱があるのを見ると急に体調が悪くなってきたり、転んで怪我をした部分を見ると痛みを感じる…多くの人がそのような経験をしたことがあるのではないでしょうか。私なんかでも、先日なにげなくトイレに行って用を足そうとしたら下着を逆に履いていたことがありました。どうやらその日は朝からずっと逆の状態であったようで、「やってしまった」と思ったものの、今さら引っくり返してもこれはまた違うなと、そのままにしておいたのです。するとどうしたことでしょう、今まで何とも気にならなかった下腹部が急にムズムズしだすではありませんか…。

 

「それをあると認識しなければ、それはあることにならない。」

 

病気や怪我はともかく、これは人間の精神的な部分では正しい論理だと言い切れます。例えば、心霊スポットはその場所を心霊スポットだと知らないと恐怖を感じることはないでしょう。霊を意識することで初めて怖いという感情が生まれるのです。

私はこの感覚を時間へ持つことが重要だと考えています。私の考えだと時間すらあると認識しなければあることにはなりません。時間を有限なものと捉えるからこそ感じられるものがあります。時間が限られているから朝の二度寝が心地良いのです。別れがあるから恋人とのデートが愛おしいのです。ダラダラと過ごす終わりのない同棲に愛など生まれるわけがありません。

 

 

 

 世の中には人生を楽しんでいる大人とそうでない大人がいます。体感値としては3:7ぐらいの割合でしょうか、楽しんでいる側が少数派です。これが時を戻して少年の頃だとどうでしょう。おそらく楽しんでいる側が多数派になるはずです。

これはとても単純なことで、中学生から高校生へ、高校生から大学生へ、大学生から社会人へ、年齢を重ねるごとに身体的・精神的・金銭的…全ての面で器が大きくなり出来ることが増えていきます。人は新しい価値観に出会ったり、未来を想像することで楽しみを感じるものです。私自身、高校生で初めてアルバイトをしたことや、初めて車の免許を持ったときの興奮は良く覚えています。

しかし、次第に慣れを覚え、今では車の運転になんの感情も抱きません。そして、人はどこかのタイミングで下り坂に差し掛かります。身体が衰え無理がきかなくなり、外見は悪くなり異性からモテなくなります。また、固定観念ができあがり新しい考えを受け入れられなくなり、親の扶養から離れ自由に使える金額が少なくなります。…時間はときに残酷で、何もしなければこれらは全ての人に平等に訪れる問題です。

 

人生を楽しむには年齢を重ねるごとに出来ることを増やしていく必要があります。その為には、時間という概念を認識し、時間の使い方を考えていかねばなりません。私はこのような考えを持つようになって、様々なものを時間で捉えるようになりました。

1日は24時間しかありません。その内8時間は睡眠です。9時間が仕事で、3時間が食事だと考えると残りはたった4時間しかありません。この貴重な時間をTVや漫画で終わらせるのは勿体無いことだと気付きました。今の私は語学学習をしていますが一定のレベルに達するまで1000時間は必要だといわれています。じゃあ1日2時間すれば27歳になるころには身に付くな…時間軸で考えるとそんなシンプルな発想になれます。自分に才能があるのかどうかはあまり考えていません。これだけの情報化社会なのだから努力の方法を間違える可能性はかなり低いでしょう。あえて努力という言葉を使うならば、”人生をつまらなくさせる努力”さえしなければ自然と楽しくなっていくのだと思います。

 

もうすぐ2012年が終わります。「あっという間でしたね。」とはならないよう1日1日を大切にするんだとブログを書きながら改めて決意しているところです。ただ、偉そうに色々と書きましたが、実は大昔の「ゲームは1日2時間まで!」に戻っただけなのかもしれまんせんね…。